アベルは、世界で最も古い図書館の管理人だった。
彼の仕事は、膨大な知識の書物を分類し、訪れる人々に貸し出すことではない。ただ一つ、**「問いかけの書」**を守ることだった。
「問いかけの書」には、世界中の人々が過去数千年間に書き残した、あらゆる種類の問いが記されていた。「人間とは何か?」「幸福はどこにあるのか?」「正義は変化するのか?」「なぜ空は青いのか?」──数えきれない問いが、層をなす地層のように重なっていた。
この書の最も奇妙な点は、**「決して答えが書かれていない」**ことだった。
ある日、若き哲学者エラが図書館を訪れた。彼女は、人生のすべてをかけて探し求めていた問いの「最終的な答え」がこの書にあると信じていた。
「アベルさん、この書に書かれた問いに対する答えはどこにあるのですか?」
エラは興奮気味に尋ねた。彼女の目には、長年の探求の疲れと、今にも答えにたどり着くという希望が混ざっていた。
アベルは静かに微笑んだ。彼は白く長い顎鬚を撫で、しわの寄った指で書の分厚いページを軽く叩いた。
「この書が教えてくれるのは、『問い』そのものが持つ力、だよ」
「力?答えこそが力ではありませんか?」エラは理解できなかった。
アベルは首を横に振った。
「答えは、しばしば旅を終わらせる。一つの答えを見つけた瞬間、人は思考を止める。道が塞がれたと勘違いする」
彼は続けた。「しかし、問いは違う。一つの良質な問いは、百の扉を開く。それは人を、新しい道へ、別の可能性へ、まだ見ぬ世界へと駆り立てる始まりの衝動なんだ。私たちは、遠い祖先と同じ問いを抱えながら、そのたびに違う景色を見ている。それこそが、人類の進歩ではないかね?」
エラは「問いかけの書」を見つめた。それは、答えで埋め尽くされた重い書物ではなく、無限の旅へと人々を誘う、軽やかな招待状のように見えた。
彼女はとうとう、探していた「最終的な答え」が、**「答えを求めず、問いかけ続けること」**そのものだと悟った。エラはペンを取り、書の最後に、新たな問いをそっと書き加えた。
そして、答えを探すのではなく、問いを探す旅に出るために、図書館を後にした。
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